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となりのおやじ ―ストックホルム郊外の近所付き合い |
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となりのおやじは、その前に「クソ」をつけたい程腹立たしい。そのおやじが、また、文句をいってきた。例のごとく両家の敷地の境界線となっている垣根についてである。 となりのおやじは元気な年金生活者で、病身の妻をかばって敷地の入り口など、いつもちりひとつ無いほど奇麗に掃ききよめる。庭仕事も好きなのは結構だが、難は自分の意見を他人に押しつけることだ。 さて、その垣根だが、毎年、先に手入れを始めるおやじは、となりがすぐにあとを続けることを期待する。今年は我が家側では夏になってしまい、ある日曜日に手入れを始めた。その気配を知ったおやじはすぐさま我が家へかけつけ、手入れを始めるが遅いことの不平を述べた。去年も遅かったので、その間中、伸びた垣根を毎日見ざるをえず、どれだけ精神衛生に悪かったかをくどくどと述べたてるのだ。 話しているうちにだんだんと興奮してきて、垣根の世話が満足にできないのは夫の性格に欠陥があるためと言い出した。おやじによると、夫の性格には二つの欠陥がある。不幸な子供時代を過ごしたことと、女房の尻にひかれているという二つである。おやじのいうこれらの理由と、植木の手入れとの関連性がどこにあるのか理解に苦しむが、とにかくおやじは本気でそう思っているらしい。 変わった人間は万国共通でどこにでもいるようだ。 想像はできるだろうが、このおやじは近所の嫌われ者である。子供たちがサッカーのボールを敷地に転がすと車を傷つけたと怒るし、また、誰かが車のアイドリングを少し長くしていると(国の規定では2分までOK)環境に悪いとどなりこみに行く。 ☞ となりの木が菜園の水を吸う? 引っ越ししてすぐのことであるが、となりのおやじは、我が家の敷地から伸びている木の根がおやじの菜園の水を吸い上げるので、切れといってきた。引っ越してすぐ、となりと不仲になりたくないし、おやじのいう雑木は別に重要でなかったので、要求を受け入れ、それを切ったことがある。 ところがそのあとがいけない。名前は知らないが、なんとその木は切られた「仕返し」に辺り一帯に無数の新芽をふき出したのである。放っておくと何十という新木になるので、その年はタケノコ堀りではないが、ずっとスコップを手離せなかった。こちらにとっては、理由にならないおやじの言い分を受け入れたおかげで、無駄な骨折り仕事を増やしたことになる。 ほかにも何本か切らされたが、もっと木を切れ、切らないとコミューン(自治体)に訴える、垣根の土台を修理しろ、などと要求はとどまるところを知らずで、両家の関係は徐々に悪化し、ついには口をきかない間柄となった。聞くところによると、我が家の前の住人とも色々とトラブルがあり、やはり陰険な関係であったらしい。思いがけない「伝統」を引き継いだようだ。 もう家に来ないでくれという要求を意外にも忠実に守り、おやじは、時々、タイプ(パソコンではない)した手紙を我が家の郵便受けに入れるようになった。相変わらず、あれやこれやをやらないと訴えるという脅しが書かれてある。 他に隣接する家屋が前後左右にあるが、このようなトラブルはこのおやじ以外とはない。いったいにスウェーデン人は衝突をきらい、紛争を避ける傾向にあるので、我が隣人はかなり珍しい存在である。 ☞
庭は小さいほうがよい ここスウェーデンは日本の1.2倍の国土に900万の人口が住むだけなので、たいていの人は広い敷地など別にありがたいとは思わない。不動産の広告などをみていると、「手入れの簡単な庭」などとよく書かれてあるが、そんな時は庭が小さい場合が多い。夫婦ともに仕事を持つのがふつうだし、子どもがいたりすると忙しく、とても庭の世話などしておられない。そんな時小さい敷地はありがたいのである。 我が家の反対側の隣人との境界線もかなり長いが、ずっと前に建てられたらしい鉄柵がぼろぼろの状態で、一部は倒れたまま放置されているが、どちら側も別に気にしない。お金ができたら新しい柵を作りましょうと、時々話題にする程度である。 敷地は隣家との最大のトラブルのもとになるといわれているが、このあたり近辺の事例はとなりのおやじだけだ。むしゃくしゃするので、2~3年前からとなりの庭から落ちてくる半腐りのリンゴをとなりの庭に投げ返しはじめた。そうしたら去年の秋、なんとおやじはその大きなリンゴの木を切ったではないか。ちょっとは仕返しになったかなー、などとほくそ笑んだことだ。 |
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(連合「労働調査」2008年10月号掲載に訂正・加筆) |
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