2010-06-08) 

時の人:ラーシュ・ヴィルクス(彫刻家、作家)

 

目下のところ、ヨーロッパではアラブ系住民やムスリムの排斥気運が高いが、ラーシュ・ヴィルクスは、スウェーデンでそれの一環として注目を浴びている人物。

ことの起こりは、2005年に隣国のデンマークの一地方日刊紙が、イスラム教預言者ムハンマドの一連の風刺画を掲載したことにある。風刺画は、イスラム教とテロ行為の関連性を暗示するものもあり、イスラム諸国を刺激した。

その後、スウェーデンを含む他の多くの国が、風刺画を自国で転載した。それにつれ、イスラム諸国での抗議はエスカレートしていった。デンマーク商品の不買運動ボイコットならびに外交問題に発展していき、大使館などに放火があり、抗議デモで死者がでたりした。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A0%E3%83%8F%E3%83%B3%E3%83%9E%E3%83%89%E9%A2%A8%E5%88%BA%E6%BC%AB%E7%94%BB%E6%8E%B2%E8%BC%89%E5%95%8F%E9%A1%8C)。

 

スウェーデン人も時流に乗る

スウェーデンの一地方紙にラーシュ・ヴィルクスの描いた風刺画が掲載されたのも、この2007年頃だ。イスラム教の預言者聖なる予言者ムハンマドを犬にたとえた風刺画もあり、それが特に抗議の対象となった。イスラム社会では犬は忌み嫌われる動物であり、信奉者の多いムハンマドをそれになぞらえる作品に悪意を見出したのだ。アラブ諸国からの抗議の声はますます高くなったが、ヴィルクスの風刺画を掲載した新聞社ならびにメディアは、表現の自由を理由にヴィルクスを擁護した。

(スウェーデン語:http://sv.wikipedia.org/wiki/Muhammedbilden_i_Nerikes_Allehanda

(英語:http://en.wikipedia.org/wiki/Lars_Vilks_Muhammad_drawings_controversy

 

 

  ヴィルクスの過去

ここで興味深いのは、ヴィルクスの過去である。彼は事前にもメディアの注目を浴びたことがある。1980年に、彼は自然保護地の海岸に流木を使った足場のようなものを作り始めた。ヴィルクスによると、それは芸術作品であるが、当局は不法行為とし撤回を要求し、裁判となった。

騒ぎは数年間続いたが、その間メディアは裁判の成り行きや、ヴィルクスの言動を詳しく報道したので、人々の関心も高まり、当時、年間数万人が足場の悪い道をたどって現場を見に訪れた。ヴィルクスは長い間、メディアの寵児であったのだ。

ヴィルクスは本まで書いて自分の行為を擁護した。ちなみにそれは日本語にまで翻訳されている(「ニミスとアルクス」瀬口巴訳 プリミティヴ  プレン  プレス 1999年)。

 

 また脚光を浴びたい?

騒ぎから多くの月日が流れ、世間は「変わり者」のことを忘れ去った。

筆者の勘ぐりであるが、ヴィルクスはメディアの寵児であった時代が忘れられなく、ムハンマド風刺画騒ぎを利用し、再度、脚光を浴びようとしたのではないか。目立ちたい人は、どこにでもいるものだ。

風刺画のおかげで、思惑通り(?)ヴィルクスは再び脚光を浴び始めた。脅迫状などだけではなく、彼の住まいにも攻撃がかけられた。「家と命をこれで守る」と斧をもってポーズをとるヴィルクスの表情は、怖がってはいず、むしろ得意万満面であった。

今年の5月、ヴィルクスはウプサラ大学で「芸術と表現の自由」について講演をおこなった。その時、ムハンマドと彼の娘婿の面をつけた男性二人の性行為の映像をみせた。それを見て激昂した聴衆の一人がヴィルクスに頭突きを食らわせ、またまた、メディアをにぎわせた。この時も、メディアやオピニオンリーダーたちは、ヴィルクス擁護・「暴力行為」批判という姿勢をとったのである。

 

  言論の自由か、差別か

ここでヴィルクスに関するWikipedia のスウェーデン語版と英語版を見比べてほしい。

(スウェーデン語:http://sv.wikipedia.org/wiki/Lars_Vilks

(英語:http://en.wikipedia.org/wiki/Lars_Vilks

 

英語版では、ヴィルクスが有名になるきっかけをつくった流木の作品のことを、大きく写真入りで取り上げているが、スウェーデン語版ではごく小さい扱いで、しかも芸術論にリンクされている。スウェーデン語版をみる限り、ヴィルクスの過去は分からない。不思議なことに、新聞もラジオなどのメディアは前の騒動について一言も触れないのである。

メディアの一貫した姿勢は、あくまでも「言論に自由」を守ることであり、恐るべきテログループ、アルカイダなどを「内包」するイスラム諸国からの暴力に毅然と立ち向かうというものだ。

もし、メディアがヴィルクスの過去の行為を少しでも報道していたら、世論に与える影響力は違っていたと思う。若い人はともかくも、世間を長い間騒がせたヴィルクスの「彫刻騒ぎ」を覚えている人は多いはずだが、沈黙を守っているのは何故か。

「言論の自由」という旗印をかかげ、西欧社会は正しく、イスラム社会は悪という隠れた世界観がメディアにあり、それを暗に世論が支えているようにしか思えない。気になる傾向である。

 

  前に戻る     HOME